涙の「のっぺ汁」

B級グルメを自称する私は、苦手な食材というものは滅多にない。なんでもまんべんなく食べる。年齢とともに肉よりも魚を好むようになったりはしたが、これと言って食べないものはないはずだと思っていた。

ころが、そう言えば「いくら」だけは苦手であったことに気付いた。高級食材でもあるいくらは、私の口には合わない。なにがと問われると、まずあのプチプチが嫌だ。一粒一粒は、私が食べなければそれぞれ一人前の鮭になれたのに。ああ、この一口で一体何匹の鮭を食べてしまったのだろう、なんて真剣に考えたりもする。

次に、あの独特の匂いもだめだ。他の魚卵と比較しても特段に香りが強い。
好きな方はそれがいいのだろうが、私は苦手だ。かと言って「たらこ」などは食べる。中でも「めんたいこ」は好物の部類に入る。同じではないかという人もいるが、私にとっては全然違う。いくらの絶妙な粒の大きさがなによりも許せない。寿司なんかでも気をつけるのはいくらが入っているかどうかで注文が違ってくる。いくらが入っていると、食事自体が台無しになってしまう。

年前に仕事で新潟に行った。セミナー講師だったと記憶しているが、前日の夜に新潟市内に潜入し、翌日のセミナーに備えていた。地元の友人と会う予定がキャンセルとなり、一人で食事をしなければならないこととなった。なによりも地方の名物を食べなければ意味がない。

そこで、友人に聞いておいた新潟名物を探し回った。ひとつは「へぎそば」であり、ひとつは「のっぺ汁」である。ネーミングからしても、おいしそうではないか。
ようやく両方が食べられる店を発見し(この瞬間が地方出張の醍醐味でもある。)、うきうき気分でのれんをくぐる。へぎそばは、なんだか量が多そうだから、まずビールとのっぺ汁を注文する。のっぺ汁は数種類あって、一番高価なものは「親子のっぺ」。だったら、これがいいだろう。

先に運ばれたビールをグビグビやりながら、ようやく「親子のっぺ」の登場。たくさんの具材があって、栄養もありそう。色彩も豊富。文句の付けようがない。

箸をつけようとした瞬間に異変に気づく。器の表面一杯にたくさんの「いくら」がばらまかれている。「親子のっぺ」とは鮭といくらのことだったのだ。ああ、新潟の最初の夜は、涙の思い出となってしまった。