ステーキはレアに限る

戸に義理の兄がいた。今は仕事も引退されて東京近郊に住まわれ、悠々自適に過ごされている。現役の時分は、不動産会社の営業だったこともあって、実に押しの強い、豪快でストレートな人だった。それでいて気前が良く、食事も何度となくご馳走になった。
 ワインなんか、もたもた飲んでいようものなら、次々と注がれて「さあ、飲んで飲んで」という調子だ。カラオケだって次から次と歌いまくって、酔っ払ったらグーグー寝てしまう。

度神戸牛のステーキをいただいた。本場なんだし、自称B級グルメの私としてもこんな嬉しいことはない。ステーキはいいものなら、必ずレアで食べることにしている。せっかくの上物を焼き過ぎてはもったいない。これは好みの問題ではあるが、肉は焼きすぎると硬くなるし、肉汁も蒸発してしまう。

インなどをガブガブ飲んで待っていると、さあメインのステーキの登場だ。この店では、熱々になった鉄板の上にもやしやら、少量の野菜の上に乗った400グラムもの神戸牛がジュワーッと音を立てながら運ばれてくる。野菜にカバーされて、このまま口に放り込めばちょうどいいレアな状態が保たれる。ところがである、義理の兄は「さあ、焼いて焼いて」と人の分までひっくり返してくれる。鉄板は赤くなる寸前まで熱くなっているから、肉は見る見る焼けてしまう。ステーキの両面はすっかり焦げていく。私はこの日400グラムの本場神戸牛のウエルダムを涙をこらえて食べた。

日この兄から「うなぎ」が届いた。きっと有名な店のものに違いない。いつでも気前が良く、私よりグルメな兄の気持ちがとても嬉しい。しかし、うなぎを食べながらも、ウエルダムの神戸牛をつい思い出してしまう。かくいう私だって高級うなぎにこれでもかと七味をふりかけているのだ。